心が傷ついた。

自分の心も傷ついたと知る事とあるが、何も冷静に見つめる必要なんて、今この時ないよ。

そんな事は、自分自身で解決していく事。

自分で自分を分析し、何に捉われているのか、ゆっくりと解っていく事。

その過程が大事でしょ。

確かに、仕事や日常生活に支障をきたす事になれば、専門家に相談する事は大事。

でも、人はいろんな悩みや複雑な思いを抱えて生きていくもの。

それらを解決していくのも、生きていく意義。

宗教も問題になっているが、何かに頼らないといられないのは、誰でもが経験する事。

そこを踏ん張って自分で闘っていく事こそが人生。それが宗教なら、それはその個人のそれも勝手なんだろう。壺さえ買わなきゃ。

専門家に最初から頼っていたら、何も面白くないよ。画一的な答えしか提示しないんだから。医者の診断と同じ。

何故こんなに心が塞がれるのか。自分自身で自己分析から始める事に生きている意味があるやん。

専門家に頼るのは最後。

それでは遅いと思うのなら、それもまたそう思う人の人生の解決法。私は自分で自分の心と向き合って生きて行きたい。向き合い方を探っていくのは辛いけれど、そんな日々が積み重なってこその人生。

支えになってくれる友達に出会うかもしれない。そこには人への感謝も生まれる。

本との出会い、絵画や芸術との出会い、音楽。それぞれがその人を彩りもする。画一的な指導より、ずっと人を大きくすると思うけど。

安倍元総理の暗殺には、心が痛み、何かを楽しむ気持ちは未だ起きない。日本の在り方、世界中からの悼む気持ちの表明、そんな事に思いを馳せてしばらくは悲しみの世界にいる事になると思う。

仕方ないじゃない。純粋に悲しいのだから。